5連覇時代の戦士の集い

名古屋大学野球部OBの有志が集まりこの10年余り、春夏、年間平均2回のゴルフコンペを楽しんで開催してきました。

今回は会を重ね第20回の記念コンペにあたり、此の数回、諸事情で参加できなかった当時の主戦投手、愛知大学野球リーグ戦5連覇(昭和24年秋〜26年秋)の立役者であった太田八雄君がはるばる東京から参加をしてくれた事もあり、先輩会名誉会長・立松延廣氏と球恵夫人の御計らいにより、当時のチームメンバーであり、当ゴルフコンペ会のメンバーでもある藤田良彦君と小生(後藤佳昭)がコンペ前夜(4月14日)、立松さん宅に集い懐旧談に花を咲かせました。

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「ワインで乾杯」

(左から)太田八雄(28経)、藤田良彦(28教)、塚田健雄(特別参加30法)、立松延廣(27旧制法)、後藤佳昭(28工)

特別参加の塚田君を除けば4名は卒業後それぞれの道を全うし、すでに八十路に立っている。その間60年という歳月を経て、未だ野球談議、野球論になればそれぞれに一家言を持つ兵(ツワモノ)である談論風発、春の宵は賑やかで愉快で楽しくまた有意義な時間でした。年を忘れて60年のタイムスリップの中で老青年達(失礼)は疲れを知らぬかのようでした。

ご参考までに、その様子・内容の一部についてご披露しましょう。

藤田君:八ちゃん、前々から聞こうと思っていたんだが、なんで?何処で?あんな剛速球を投げれるようになったの?

太田君:その元はナ!俺の父親だよ、親父はあのアメリカのボブ・フェラー、火の玉の様なすごい投手を知って、あんなピッチャーになるよう小学時代の少年野球で、投球練習したよ。ボブホープじゃないよ(笑い)。

註:(ボブホープ、映画・腰ぬけ二丁拳銃、の主役、当時ボタンとリボンの主題歌が流行した)

また、ごく初期の試合にて、当時の監督が先発ピッチャーを立て、剛腕の彼も控えで投げさせてくれない、練習ブルペンで受けるキャッチャーの捕球音(パチン)が周囲に鳴り響き皆が見つめる中、漸く試合後半戦リリーフ登板、先発として投げれない彼が切歯扼腕した当時の隠れ話、打ち明け話も出た。

彼の投球のスピードは確かに速かった、でも、速いだけではなく、それに加え手離れのボールの回転力が素晴らしかったと思う、回転力がボールに切れ生んだ、スピードと切れを持ち合わせた速球投手だった、遠い外野の一角から観ていた印象である。

将に、「当時は1点取れば勝ち!!」の感覚だった。

投球速度は確かに大切な基礎要素では有るが、キレがない球は打たれる、
「投球速度+回転力、回転角度」を空気力学的に函数解析したらもっと投球技術はすすむかも??

次いで、当時の立松遊撃手と後輩の牧野遊撃手(故人31経)の守備の華麗さに話題は移った。小生からみた立松さんのチームリーダーとして勝利への懸命な攻守走三拍子のプレーは印象的であった。

当時の名古屋大学野球部の内野守備は立松・藤田、此のお二人の二遊間コンビ、即ちセンターラインの充実だったと思っている。

ピッチャー:太田八雄君 ショート:立松延廣君 セカンド:藤田良彦君 センター:鍋田敏雄君(29経)から成るセンターラインは鉄壁であった。これが5連覇の原動力!!

同じ外野手として鍋田君のセンターラインの守備には随分助けられた、背走して球を追う彼の華麗なプレーはまだ記憶に新しい、強力センターラインとして付記したい。(記事を敢えて「君」付けにしました、失礼多謝)

5連覇時代のチームメイトの一員して、このメンバーの中に加わり同じグランドで青春時代の一時期を供に過ごしたことは幸いであった、生涯にわたり今も光栄に感じ、誇りに思っている、その出会いに感謝である。

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「立松球恵令夫人と会食後の記念撮影」

なお、球恵夫人(5連覇時代からの応援団)のお勧めのワイン、心尽くしのお手料は何れもお世辞抜きの絶・逸品。

美味しい酒・本場大間のトロの旬のカツオに新鮮な海老、手取りの旬の野菜料理、その美卓に感謝、特別参加の塚田君、美味しい!美味しい!の連発で箸も進んでいた。

互いの饒舌に潤滑油はいらない、滑らかに話題は益々弾んだ、その話は?プライバシー保護の時代でもあり、またの機会にいたしましょう。

翌日がゴルフコンペ(名古屋大学野球部OB有志の会、ナガシマC.C)でもあり小生は夜9時過ぎに立松宅を辞したのであるが、戦士3名(立松、藤田、太田)は夜の更ける11時まで語りつくしたようである。

翌日のゴルフコンペはその夜ふかしと美酒のお陰だったのか?ご三人のスコアの公表はここでは憚ることにしよう、武士の情け!!?

お陰さまで小生が優勝の栄に預かり、加えて昨秋達成したエイジシュートを皆さんで祝っていただきました、感謝 合掌!!

OB会の皆さん、ゴルフコンペには是非入会の程、新入会歓迎です、募集中!!

「後記」、

私見では有るが、同じ学び舎に学び、戦後の衣食住、無い、無い尽しの欠乏の中で野球が好きで野球部に参加し、同じグランドでプレーして卒後60年、今日ここにお互いに80歳を超え、健康に恵まれ、美味しい晩餐と共に懐旧談が出来るその喜びは筆舌に尽くし難い。

今現役の選手諸君、そして現役社会のOB・団塊の時代メンバーのOB諸兄の皆さんも日々の健康に留意され楽しい老後を迎えられ是非懐旧談に時を忘れる時代を迎えられる事を祈願して止みません、健康な80歳は実に楽しい!!

終わりに、名古屋大学野球部の今後のご健闘と発展を祈り、筆を置くことにする。

名古屋大学野球部万歳!!

平成22年4月16日
(文責:昭和28年、工学部機械学科卒 後藤佳昭) 合掌。